天然わんこ

モフモフわんこのなるのこと、虹の橋を渡ったてるのこと。

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ありがとう。また逢えるよね。 その1

てるにお線香をあげながら話しかけます。
最初の頃は「ごめんね」と謝ってばかりだった。
それが沢山の方の電話やメールやコメントに支えられて、
いつからか「てる、ありがとう。またいつか逢おうね。」と言えることが増えてきた。


そんな時にタイトルに惹かれて注文した本が1週間前に届きました。
「ありがとう。また逢えるよね。」
著者の横田晴正さんは「動物たちをきちんと供養してあげるべくお経をあげてあげたい」との思いから僧侶になった方です。


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この本の中に、
「物語や小説にはあとがきがあるものです。
あなたはまだあとがきを書いていません。
その悲しみを語りなさい。」とありました。
それが悲しみから立ち直る方法のひとつだと・・・。

いままで前を向いて歩かなくちゃいけないと思いブログにはそう書いてきたけど、もちろんそんな気持ちばかりではありません。
人前では元気そうに振舞っていても、どちらかと言うと悲しみや寂しさのしめる割合の方が断然多く、いまだによく泣いています。
ブログに悲しみの気持ちを書くことに迷いはあったけど、やっぱりここで自分の正直な気持ちを吐き出そうと思います。




てるが亡くなった・・・・・・そんなこと信じられなかった。
嘘だ、悪い夢を見てるんだ、輸血して元気になるはずだったんだから。
もしかしたら生き返るんじゃないかと、てるをなで続けた。
「お願い、目を覚まして」と必死で祈った。
身体がここにある間、冷たくなったてると一緒にベッドに入った。
眠れない日が続く、ウトウトしてもすぐに目が覚めて泣いてしまう。
泣いて泣いて目が腫れて、泣き過ぎて頭痛がした。
何も手につかない、何も考えられない、時間だけが過ぎていく。
自分が何をしているのかさえ分からない感じだった。
「もっと早く気づいていれば、てるは助かったんじゃないか・・・」
「もっと早く病院に連れて行ってたら、てるはまだ生きていたんじゃないか・・・」
そんなことを思い、てるが死んだのは自分のせいだと思った。
それでもまだ、これは現実ではないと思う自分がいた。
毎日ずっと胸が苦しかった。


火葬の日、お骨になったてるを見て「てるは本当に亡くなったんだ」と思った。
受け入れなくてはいけないんだと思うと涙が止まらなかった。
動物葬祭ディレクターの方に「これからもっと辛くなります、無理しないで沢山泣いてください」と言われた。
今こんなに辛くて悲しいのに、これ以上辛くなるなんて思えなかった。


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てるがお骨になってしまってから・・・
てるがいつもいたケージのあった場所をついつい覗きこむ。
ご飯の時間になると、準備しなくちゃと思う。
そろそろ散歩の時間だと思う。
大きな物音をたてては、てるがビックリすると思い首をすくめる。
てる中心の生活をしていた我が家には至る処にてるの痕跡があり、
そんな日常に「てるはもういないんだ」と思い知らされ涙が出る。
てるが亡くなった前後のことが頭から離れない。
後悔と自責の念に押しつぶされそうになった。
「てるはうちに来て幸せだったのか?」
「他の家で暮らしていたら、こんなことにはならなかったんじゃないか?」
そんなことまで思うようになった。


いつも思っていた。
てるの方が年を取るのが早いのだから、いつかは見送る日が来る。
それは犬と暮らす誰もが経験することなんだと覚悟しているつもりだった。
だけど現実は違った。
何の覚悟もなく父を亡くした時より何倍も辛く、なかなか受け入れることができない。


てるがいないことが寂しくてたまらない。
胸にポッカリ穴が開くってこんな感じなんだと思った。
「もう二度と犬とは暮らさない」とは思わなかったけど、
てるが可愛くて愛おしくて、あんなに愛情をかけられる子はてるしかいないと思った。
こんな気持ちで次の子を迎えたらその子が可哀そうだと思ったし、そんな風に二代目のことを考えることさえてるに申し訳ない気がしていた。



つづく・・・
(本日、コメント欄は閉じています)




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